きらり⭐︎ぼっち

5 years later

【娯楽】Netflixで、酷(むご)いゴリラ3体で話題の『地獄が呼んでいる』を激走したよ!

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配信前から、ポスターや予告の不気味さから話題になっていたNetflixオリジナルドラマ『地獄が呼んでいる』が、先週の金曜日にやっと配信された。その前には、ネトフリオリジナルの韓国産ドラマ『イカゲーム』がヒットにヒットを重ねていたので、今作の配信を待ちわびている人が多かった、そんな印象がある。

実際に、私もその一人だったし。

そして、今作については、話数も6話と韓国ドラマにしては非常に短いので、ぜひ気になっている人は見て欲しい!!!

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まず、お話の内容としては、

この世のものではない"何か"が突然現れ、人間たちを地獄へと突き落とす...。人々が恐怖におののく中、この現象を神の裁きだと主張する宗教団体が台頭し始める。

ということで、予告の段階で地獄からやってきたゴリラ三人衆の見た目や制裁(本編では、これを試演と呼んでいる)の加え方のインパクトがとても強く、実際本編を見る中で、彼らの試演の酷(むご)たらしさといったらあったもんじゃない。内心は直接的なところをもっと見たかったけれども。特に、初の公開試演をされた2人の子を持つ母親のリアルな悲鳴と、第6話での試演妨害をかけたシーンは非常に見応えがあった。

また、こういうお話になるとどうしても「なぜ、神は制裁を加えるようになったのか」という方に話が行きそうになるが、本当に大事なところはそこなのかと思う(そもそも、あれが神なのかも怪しい)。後半に出てくる人物が言っていたように、試演(制裁)自体は「事故のようなもの」で、そこになぜの答えなどない。

実際、生きる試練を与えるために、事故が発生するのか?命の大切さを知るために、病気になるのか?

そんなのは、人が後付けで考えることであって、その事象に大きな理由はない。ただ発生したにすぎない。ということは、ドラマに登場する新真理会にしても矢じりにしても、やはり、あれを神格化しすぎなのだ。実際、どれだけ誠実に生きたとしても、遭遇した時は遭遇した時なのである。それは、事故にしたって病気にしたって同じ。

では、そんな存在を前に私たちはどうしたらいいのか。

やはり、これこそが本当の試演なのではないのかと思う。最終話で試演自体の正義が揺らいだわけだが、そもそも、試演に選ばれた人たちは本当に犯罪に等しい罪を犯したのか?そこが、(新真理会や矢じりは組織の存在意義に関わるので、カウントはしないが)視聴者も抜け落ちている。そう、本当の意味で選ばれた人たちの対話が欠如している。だからこそ、対話無きままに、こじつけや虚偽で塗り固められていき、どんどん神を盲信する組織や人間の声だけが、大きくなる。そこに反旗を翻したのが、第一シーズン後半に活躍するあの人たちなのだろう。彼ら、彼女らには意志がある。神だから、どうたらで試演を受け入れるわけにはいかない。

それは、最終話であのキャラクターを乗せたタクシーの運転手の言葉に表れている気がする。

神だろうがなんだろうが、

この世を回すのは人間

わけのわからない恐怖の存在を盲信して、命を見捨てていいのか?

しかし、こうなったら前半戦が人間の正義や悪にフォーカスしていたのが、第二シーズンではSF的な要素が先行して、神のお告げやあの地上に突如と現れるあの三体がなんなのかにフォーカスしてしまうのが心配であるのと同時に、楽しみだとも思う。